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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1879号 判決

平成五年(ネ)第一七二二号事件控訴人・同第一八七九号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

中江利忠

右訴訟代理人弁護士

近藤卓史

三宅弘

平成五年(ネ)第一七二二号事件被控訴人・同第一八七九号事件控訴人(以下「第一審原告」という。)

三浦和義

主文

一1  原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2  右部分に係る第一審原告の請求を棄却する。

二  第一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(平成五年(ネ)第一七二二号事件)

一  控訴の趣旨

主文第一、第三項と同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  第一審被告の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審被告の負担とする。

(平成五年(ネ)第一八七九号事件)

一  控訴の趣旨

1(一)  原判決主文第二項のうち、第一審原告の請求に関する部分中金一八〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る部分を取り消す。

(二)  第一審被告は第一審原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  主文第二項と同旨

2  控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  当事者双方の主張は、原判決二枚目裏三行目の「被告は、」とあるのを、「第一審被告の従業員である第一審被告東京本社・社会部次長の清水建宇は、右新聞の記事作成及び公表の業務に従事していたところ、」と訂正し、同三枚目裏末行の「不法行為」の前に、「民法七一五条一項の」を加え、当審における当事者双方の主張として、次の二、三のとおり、付加するほかは、原判決の「第二当事者の主張」(原判決二枚目表七行目から六枚目裏一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  第一審被告の当審における主張

1  本件記事の掲載頒布は、犯罪報道という公共の利害に関する事実にかかり、もっぱら公益を図る目的からしたものである。同記事は、第一審原告が犯したとして起訴された一美銃撃事件について、第一審原告が昭和五三年ころから昭和五六年ころにかけてアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市に行った際、読んで、その後同市内のすし屋「やま鮨」に渡していた一三七冊の推理小説を、警視庁の捜査本部が右事件の動機等の捜査資料にした捜査内容、過程を紹介し、捜査本部が動機についてどのように考えているかその見方を報じたものであって、第一審原告が一美銃撃事件について起訴され、右動機のもとに同事件を犯した疑いがあるとして報道したにとどまる。そして、犯罪を犯した疑いがあるとの記事は、容疑者が当該犯罪を犯したことはなく、その疑いがあることが証明されたときには真実性の証明があったものとして違法性が阻却されるものと解すべきところ、第一審原告は、一美銃撃事件について、殺人罪及び詐欺罪で起訴されており、保険金目当てに同事件を犯した疑いがあることは事実であるから、本件記事の掲載頒布は、真実の報道として違法性が阻却されるものというべきである。

2  また、表現が単なる事実の指摘ではなく、他人の言動等に対する評価、論評である場合、いわゆる公正な論評の法理が適用されるところ、犯罪の動機についての記述は、犯罪行為に関する評価、論評であって、その推論が述べられている事実から合理的に導き出される場合には、公正な論評、意見の発表として右法理によって許容されるものと解すべきである。

本件記事のうち、冒頭のリード部分の第一審原告が一美銃撃事件の犯人として起訴されたことに続く、「自供を得られず、」から「刑事たちはいう。」までの記述は、検察官が第一審原告を殺人罪及び保険金の詐欺罪(金欲しさという動機)で起訴した事実と、第一審原告がロサンゼルス市に行った際、読んで、その後同市内のすし屋「やま鮨」に渡していた一三七冊の推理小説を、捜査本部が動機等の捜査資料にした事実から、また、本文の「事件後に三浦が見せた芝居がかった行動、」から「捜査員の中には生まれている。」までの部分は、事件後の第一審原告が見せた芝居がかった行動、セリフといういずれも真実あるいは真実であると信じるにつき相当の理由がある事実から、合理的に導き出した推論であり、公正な論評に当たり違法ではない。

また、本件記事中の「「異常な読み方」ジャンル選ばず手当たり次第に」との小見出しは、第一審被告がその取材に基づき知り得たもののすべてを、第一審原告がすし屋に渡した推理小説の著者名及び書名リストとして掲載し、読書傾向に関する専門家のコメントを基に、通常でない読み方の意味で付したもので、真実に基づく公正な論評である。

三  第一審原告の当審における主張

1  第一審被告の当審における主張は、すべて争う。

第一審被告が本件記事において摘示した事実は、すべて虚偽であるから、公正な論評に当たらない。

2  本件記事は、捜査本部が述べてもいないことをあたかもその考えであるかのように記述し、一般読者に対し第一審原告が一美銃撃事件の犯人であるとの印象を一層強烈に与え、しかも、約八二七万部発行の朝日新聞朝刊において、紙面のほとんど全部を占める大きさで掲載されたから、その違法性は極めて強く、これにより第一審原告の社会的評価は大きく低下した。したがって、第一審被告の不法行為によって第一審原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(本件記事の掲載)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因3(一)(名誉毀損)の請求について検討を加えることとする。

1  一美銃撃事件について

(一)  いずれも成立に争いがない甲第一号証、乙第一号証の一ないし一一、同第二号証の一ないし一二、同第三号証の一ないし二一によると、本件記事は、昭和五六年一一月にロサンゼルス市内において、第一審原告の前妻一美が銃撃されて、一年後に死亡した事件(以下「一美銃撃事件」という。)で、第一審原告が、昭和六三年一〇月二〇日殺人罪で逮捕され、同年一一月一〇日同罪で起訴されるとともに、同日第一審原告が一美を被保険者とする保険契約に基づく保険金を詐取した容疑で逮捕され、一美殺害の動機が保険金目当ての疑いがあるとの報道が、相次いで第一審被告の発行する朝日新聞ほか、わが国有数の日刊新聞紙、週刊誌、テレビ等多くのマスメディアによってなされていた時期に公表されたものであって、原判決末尾に添付のとおりであるが、その構成の概要は、「何を語る推理小説137冊」の見出し、「三浦、ロスのすし屋に“蔵書”」、「持ち歩き、表紙にメモ」、「「異常な読み方」ジャンル選ばず手当たり次第に」との小見出しのもとに、右上にリード部分、左側に推理小説の書名及び著者名のリスト(以下「本件リスト」という。)、その間に本文を、それぞれの記事中に写真を配する形式をとっていること、そして、リード部分には、第一審原告が一美銃撃事件について殺人罪で起訴され、警視庁捜査本部が保険金詐欺の取調べもほぼ終えたことに続き、「自供を得られず、物証も乏しいものの、三浦が金欲しさに仕組んだという事件の構図については、捜査陣の確信は揺らいでいない。しかし、なぜ殺人に至ったのかという動機の奥深い部分は、なぞのままだ。その手がかりとなりそうな一枚のリストが、警視庁の捜査本部にある。三浦はいつも小説本を離さず、読み終えるとロス市内のすし屋にあげていた。ほとんどが殺人事件を素材にした推理小説。リストはその一覧表だが、「ここから三浦の深層心理を読み取るしかない」と刑事たちはいう。」というものであること、本文は、第一審原告が昭和五三年ころからロサンゼルス市郊外のすし屋「やま鮨」の常連客となり、同店を訪れた際、読み終えた推理小説の本を寄贈し、昭和五九年一月にロス疑惑事件が表面化するまでに計一三七冊になったこと、この間に、白石千鶴子失踪殺害事件、一美に対する殴打事件及び一美銃撃事件が起きたこと、右一三七冊の本には、日本人作家だけで、企業犯罪小説が少なからずあり、表紙をメモ代わりに使うなどいくつかの特徴点があること、捜査本部は、当初これらの本の中に犯行のヒントがあったのではないかと見て調べたが、ロス疑惑事件の手口をそのまま書いた作品はなく、次に動機の背景に犯罪小説におぼれたことがからんでいないかについて注目したことを記述したうえ、「事件後に三浦が見せた芝居がかった行動、セリフには「金欲しさ」だけで説明しきれない異常さがある。それは何に由来するのであろうか。自供がないまま捜査の終幕を迎えることとなった今となっては、もはや答えを得られそうにない疑問だが、「三浦が自分で犯罪小説を創作し、自ら演じようとしたのではないか」とする見方も、捜査員の中には生まれている。」とし、最後に、中島河太郎・日本推理作家協会理事長のコメントとして、「ロスへ行った時期に出版されたものを手当たりしだいに読んだ、という感じですね。犯行のヒントを得ようとする読み方ではない。愛好者なら、自分の好みに合う作家やジャンルをしぼり、外国作品へも向かうはずだが、そうでもない。素材の犯罪そのものに対する興味かもしれないが、ちょっと異常な読み方だと思います。」と結んでいること、また、本件リストは、小見出しとして、中央に「狙撃者」「迷宮捜査官」「結婚関係」の三冊の本の題名を掲げ、右寄贈にかかる本の一部として、作家毎に一〇六冊の書名を掲載したものであることが認められる。

(二)  以上認定の本件記事を一般読者の普通の注意と読み方を基準として読めば、第一審原告が一美銃撃事件について殺人罪で起訴され、保険金詐欺の容疑で取り調べが行われた事実、第一審原告がロサンゼルス市に行った際、たびたび同市郊外のすし屋に立ち寄り、読み終えた推理小説の本を寄贈していたが、昭和五九年一月までにそれが一三七冊に達したこと、警視庁の捜査本部が、右一三七冊の推理小説を捜査資料にした捜査内容と過程を述べたうえ、捜査本部が右事件の動機についてどのように考えているかその見方を紹介することによって、第一審原告が犯したとして起訴された一美銃撃事件の犯罪の動機について、種々の観点から検討を行ったものというべきである。したがって、本件記事は、第一審原告が一美銃撃事件の犯人と断定したものではないが、本件記事のリード部分や本文の後半部分の表現から、全体として、一般読者に対し、一美銃撃事件の犯行に至った動機の奥深い部分はなぞであるが、同事件の構図は第一審原告が金欲しさに仕組んだものではないか、あるいは、第一審原告は金が目的ではなく犯罪小説を自作自演しようとしたのではないかとの印象を与えることは否定できず、第一審原告は、これによりその社会的信用の低下を招来した旨主張するので、以下、名誉毀損の成否について検討する。

三1  ところで、新聞又は週刊誌の記事により名誉が毀損されたと主張する者によって、自己の名誉を毀損したと指摘されている部分が、(一)右の者についての現実の事実又は行為について述べた言辞(以下「事実言明」という。)であって、右記事が、公共の利害に関する事項にかかわり、その目的がもっぱら公益を図るために出たものである場合には、右事実言明において叙述されている事実について、真実性の証明があるか又は右記事の公表者において真実と信じるについて相当な理由があるときには(以下、真実性の証明のある事実と記事の公表者において真実と信じるにつき相当な理由のある事実のいずれをも「免責事実」という。)、右記事の掲載頒布は不法行為を構成するものではないと解すべきであるところ(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、同昭和四四年六月二五日大法廷判決・刑集二三巻七号九七五頁)、(二)前記名誉を毀損したと指摘されている部分が、事実言明ではなく、意見を叙述した言辞(以下「意見言明」という。)であって、当該記事が公共の利害に関する事項についてのものである場合には、(1)イ右意見の形成の基礎をなす事実(以下「意見の基礎事実」という。)が当該記事において記載されており、かつ、その主要な部分が免責事実であるとき、ロ又は当該記事が公表された時点において、意見の基礎事実が、既に新聞、週刊誌又はテレビ等により繰り返し報道されたため、社会的に広く知れ渡った事実若しくはこのような事実と当該記事に記載された免責事実からなるときであって、(2)かつ、当該意見をその基礎事実から推論することが不当、不合理なものとはいえないときには、右のような意見言明の公表は、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。けだし、後者の場合において、当該意見の基礎事実が右(1)、(2)のようなものであるとき、その意見の真偽又は正当性は、証拠によってではなく、議論を通じて決せられるべき性質のものといえるから、右のような意見の公表は憲法二一条の規定により厚く保護されるべきものであり、また、その読者は、意見の基礎事実に基づき自己の意見を形成し、その真偽又は正当性を自ら判断することが可能であって、当該意見によってその読者の判断、印象等が直ちに形成されるものではないこと等に鑑みると、右意見が一見名誉を毀損する言辞からなるものであっても、直ちにその対象とされた者の名誉を毀損するものではなく、また、右の者の名誉を毀損するものであっても、不法行為を構成しないと解するのが、言論の自由と個人の名誉の保護との合理的調整を図ることになるといえるからである。

もとより、事実言明と意見言明とを截然と区別することが困難な場合のあることは否定できないところであるが、事実言明は、そこで用いられている言葉を一般的に受容されている意味に従って理解するとき、ある特定の者についての現実の事実又は行為を叙述した表現であって、右事実又は行為の真偽を証拠により客観的に証明することが可能であるものをいい、他方、意見言明は、右以外の言明であって、多義的、不正確若しくは漠然としているため一般的に受容されている意味の中核を把握し難くその意味内容につき議論の余地のある言葉により表現されている言明、又はある特定の者の行為若しくは性質等についての評価若しくは論評を加えた言明をいうものと解するのが相当である。そして、意見言明のような形式をとっている場合であっても、当該記事におけるその前後の文脈又は右記事の平均的読者のおかれている社会的状況ないしは社会的文脈から、黙示的な事実言明と解されるものは、事実言明と認めるべきである。

2  本件においてこれをみると、いずれも成立に争いがない乙第七ないし第九号証、同第一〇号証の一、同第一四、第一六号証、同第一八号証の一ないし三、同第一九号証、同第一六号証により真正に成立したと認められる同第一七号証、同第一九号証により真正に成立したと認められる同第二〇号証によれば、昭和五七年一月から一美銃撃事件に関して、第一審原告が、意識不明の重体となった一美をアメリカ合衆国の軍用機によってわが国に治療のため帰国させ、さらにアメリカ合衆国大統領等に抗議書を送るなど活発な活動をなし、妻の遭遇した悲劇に献身的に尽くす夫、美談の主として新聞、週刊誌等で報じられたこと、しかし、その後、昭和五九年一月ころから、一転して、週間文春等において、一美に対する殴打事件、一美銃撃事件及び白石千鶴子失踪殺害事件(いわゆるロス疑惑事件)に関して、第一審原告が一美を被保険者とする保険契約に基づき多額の保険金を取得するなど数々の不審な点があり、第一審原告が右疑惑事件の中心人物として報じられるに至ったこと、第一審被告の記者である清水建宇は、そのころから、ロス疑惑事件について取材活動を続けていたところ、同年四月、ロサンゼルス市派遣の第一審被告の記者から、同市内のすし屋の経営者が第一審原告の読んだ推理小説を多数もっているとの情報を得たこと、清水記者は昭和六〇年八月一一日、ロサンゼルス市に出張した際、右すし屋の経営者らを取材し、現地の者に取材の協力を依頼し、昭和六一年二月、現地の協力者から第一審原告が右すし屋に残した推理小説のリストを入手したこと、そのリストには一三五種類、一三七冊の推理小説の書名及び著者名が記載されていたこと、第一審被告の記者上治信吾は、昭和六三年六月一〇日、ロサンゼルス市のすし屋の経営者に会って、右リストの裏付け取材をし、その一部について現物の本があることを確認したこと、清水記者は、警視庁がロス疑惑事件について捜査を始めた以後、同捜査一課の幹部と会って捜査の進展を取材し、本件記事記載のとおり、捜査本部が第一審原告が読んだ右推理小説をもとに一美銃撃事件の動機についてどのように考えているかなどを聞く一方、推理小説の評論家で日本推理作家協会の理事長である中島河太郎に会い、右リストを見せて同人のコメントを得たこと、清水記者は、一美銃撃事件の捜査が幕を閉じるに当たって、その捜査内容を紹介することが犯罪容疑を理解するうえで必要と考え、以上の取材をもとに、取材内容どおり本件記事を作成し掲載したこと、本件リストの一〇六冊は、右取材活動を通じて書名と著者名が判明したものすべてを掲載したもので、清水記者が取捨選択したことはなかったことが認められる。

3(一)  右認定の事実によると、本件記事の掲載頒布は、犯罪報道という公共の利害に関する事項にかかわり、その目的がもっぱら公益を図るために出たものであることが明らかであるというべきである。

(二)  また、本件記事中、第一審原告が一美銃撃事件について殺人罪で起訴され、保険金詐欺の容疑で取り調べが行われた事実、第一審原告がロサンゼルス市に行った際、たびたび同市のすし屋に立ち寄り、読み終えた推理小説の本を寄贈していたが、昭和五九年一月までにそれが一三七冊に達した事実、警視庁の捜査本部が、右一三七冊の推理小説を捜査資料にした捜査内容とその過程及び捜査本部が右事件の動機についてどのように考えているかその見方を紹介した部分は、事実言明であって、その主要な部分は、真実であるか、清水記者が真実であると信じるにつき相当な理由があったものというべきである。

(三)  そして、リード部分の、一美銃撃事件の犯行に至った動機の奥深い部分はなぞであるが、同事件の構図は第一審原告が金欲しさに仕組んだものではないかとの記述、及び、本文後半部分の、第一審原告が事件後に見せた芝居がかった行動、セリフには金欲しさだけでは説明しきれないが、金が目的ではなく犯罪小説を自作自演しようとしたのではないかとの記述は、犯罪の動機についての記述というべきである。

ところで、人の行為の動機は、深層心理にかかわる事柄であるうえ、人の思考過程が複雑かつ多様であり、必ずしも合理的なものとはいえないこと等に鑑みると、人の行為の動機を他の者が判断する客観的基準があるとはいえず、その真偽を客観的に証拠により証明することが可能なものであるとは到底いえないから、他人の行為の動機について叙述する言明は、意見言明であると解すべきである。

そして、前記記述は、本件記事が掲載頒布された時点において、既に新聞、週刊誌、テレビ等のマスメディアにより繰り返し、広範に、しかも詳細に報道されたため、社会的に広く知れ渡った事実と、本件記事中に記載された清水記者の取材にかかわる真実の事実若しくは同記者において真実と信じるにつき相当な理由のある事実とを基礎事実として、警視庁の捜査本部の評価をも加味して、一美銃撃事件の動機を推論した言明であるというべきである。そして、その推論の過程において、また、本件リストの掲載内容において恣意にわたる点はなく、中島河太郎のコメント部分の「ちょっと異常な読み方だと思います。」との表現もその前の記述と対比すると、読み方が一般的ではないことをいうにすぎないことが容易に判読できることに鑑みると、右推論をもって不相当、不合理なものとはいえないというべきである。

(四)  したがって、たとえ、本件記事がこれを読む者に前記の印象を与え、第一審原告の社会的信用を低下させることがあり得るものであっても、前記1の説示に照らし、不法行為を構成しないものと解すべきである。

したがって、一美銃撃事件に関し本件記事の掲載頒布が不法行為を構成することを前提とする第一審原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

2  白石千鶴子失踪殺害事件について

当裁判所も、同事件に関する本件記事の掲載頒布について名誉毀損は成立しないものと判断する。その理由は、原判決の「理由二2」(原判決一〇枚目表四行目から同裏二行目まで)の記載と同一であるから、これを引用する。

四  次に、請求原因3(二)(プライバシー侵害)の請求について判断する。

第一審原告は、本件リストの掲載公表は第一審原告の読書歴という私的事項を暴露したもので、第一審原告のプライバシーを侵害し、不法行為を構成する旨主張する。

思うに、私人についての情報の公表ないしは暴露は、常に当該私人のプライバシーを侵害する不法行為となるものではなく、それが不法行為となるためには、当該情報が、公表された時点において真に私的事項といえるものであり、その公表により当該私人が困惑を来すような内容のものであり、かつまた、当該情報の公表が、通常の感情、感覚を有する者からみて、不快、憤り若しくは腹立たしさを感じるようなものである場合であることを要するものというべきである。そして、右のような場合であっても、当該情報が合法的に取得されたものであるうえ、それを公表するにつき正当な公の利益があって、右情報に報道価値があるといえるときには、右情報の公表は違法性を欠き、不法行為とならないものと解するのが、プライバシーの保護と報道の自由との合理的調整を図るために、相当というべきである。

本件において、前記認定の事実関係によると、本件リストにおいて挙げられた本は、いずれも第一審原告が昭和五三年ころから昭和五六年ころにかけて、その読後、公衆の出入りするロサンゼルス市内のすし屋「やま鮨」に第一審原告が読んだ本であることを秘匿するよう求める等の限定を付することなく寄贈したものであり、また、成立に争いがない乙第五、第六号証によれば、第一審原告自身、本件記事が掲載公表される以前に、公刊物において、推理小説に興味があり、好む作家とその読書傾向について述べ、ロサンゼルスに行くときはいつも二〇冊前後の推理小説の本を持って行き、読んだ後はすし屋に寄贈することを明らかにしていたことが認められるのであって、第一審原告が本件リストの本を読んだという事実は、不特定多数の者に現に知れ渡ったか又は知られうる状況にあったものといえるから、右事実は、本件リストの掲載頒布の時点においては、既に真に私的事項であったとはいえないのみでなく、本件リストの公表は、通常の感情、感覚を有する者からみて、不快、憤り若しくは腹立たしさを感じるようなものであるともいえないうえ、本件記事の掲載頒布の時点においては、第一審原告は、美談の主から一転して重大犯罪の嫌疑者となった劇的人物として社会の耳目を集めていたのであるから、第一審原告の読書歴には報道価値があったものというべきであり、また、第一審原告が本件リストの本を読んだという情報を第一審被告が取得する過程に違法な点がなかったことも明らかである。したがって、本件リストの掲載頒布は、第一審原告のプライバシーを侵害する不法行為となるとはいえないものというべきである。

五  請求原因3(三)(侮辱)の請求について、当裁判所も理由がないと判断するものであるが、その理由は、原判決一一枚目裏五行目から一二枚目裏五行目までと同一であるから、これを引用する。

六  以上のとおり、第一審原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却すべきものであり、したがって、第一審原告の本訴請求の一部を認容した原判決は相当ではないから、原判決のうち第一審被告敗訴の部分を取り消し、右部分に係る第一審原告の本訴請求を棄却し、また、第一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官長野益三 裁判官伊藤紘基)

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